コンスタンチン・リフシッツ演奏会@所沢ミューズの感想
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この「WEEKEND PIANO SERIES」、今年度はファジル・サイ、クリスチャン・ツィメルマン、コンスタンチン・リフシッツの3人が出演した。世界的に評価の高い三人のピアニストを、ホール会員になるとセットで10,000円で聴くことができるので、とてもお得だ。2013年度は清水和音、クリスチャン・ツィメルマン、ゲルハルト・オピッツが出演予定。おすすめのコンサートシリーズです。
さて、昨日のリフシッツのリサイタルはS席2500円だったが、7000円くらいの価値があるコンサートだった。素晴らしかった。
リフシッツは、J.S.バッハの「コルトベルク変奏曲」「フーガの技法 BWV1080」「ピアノ協奏曲集」等の録音で注目されている。どちらかというと“通好み”のピアニスト。12月のツィメルマンのリサイタルに比べると、昨日は座席に比較的余裕があった。ツィメルマンはホールに入るのに長い列をできるほどの人気だった。
曲目はベートーヴェンの後期ソナタより3曲。
ピアノソナタ第30番 ホ長調 作品109
ピアノソナタ第31番 変イ長調 作品110
(休憩)
ピアノソナタ第32番 ハ短調 作品111
硬派なプログラムだ。機動戦士ガンダムでいうと「黒い三連星」的なオッサン好みのプログラムのためか、ツィメルマンやサイのリサイタルに比べると、中高年男性比率が高いように思える。ブルックナーの交響曲のコンサートに近い雰囲気だった。
ステージに登場して、まず驚いたのが衣装。この人は、服装にはまったく無頓着とみた。イスに座った途端、いきなりジャケットを脱いで、無造作に地べたに置いて演奏を始めたのにはびっくりした。演奏終了後もジャケットを置いたままで舞台袖に帰ってしまうし‥‥。
衣装(というより普段着)もなんていうか、微妙に伸びたグレーのタートルネックシャツに黒のシワまじりのパンツ。ウラル山脈の炭鉱の労働者が、休日に息子とイトーヨーカドーに買い物に出かけるようなラフな服装だった(ああ見えて実はブランドモノかもしれないが)。なのに、靴だけはピカピカと黒光りしていた。
ところが演奏を始めると、変幻自在の音色にびっくり。音楽とファッションのギャップが大きすぎる‥‥。
私は、ピアノの演奏会に出かける際、いつも座席をステージの前後でいうとセンターより少し後ろ、左右でいうと真ん中から右寄りを取るようにしている。この位置だとピアニストの打鍵は見えないが、響きはいいと言われている。
ただ、今回の座席は、前後でいうとセンターより若干前の11列目。左右でいうとかなり左寄りだった。演奏者の打鍵を完全に見ることができた。
これが新鮮な体験だった。リフシッツは、日本人のピアニストであまり見ない特徴的な打鍵で、かつ動きが大きいので、「こうすればこういう音が出るのか」と感心した。
彼はロシアピアニズムの流れにあると言われている。ロシアピアニズムの奏法については、私は生半可な知識しかないのでいい加減なことは言えないが、物理の教科書で見る放物線を描くような、しなやかな腕の動きに目を奪われた。重力を自然に活用すると、このような弾き方になるのだろうか。
ベートーヴェンの後期ソナタの「彼岸の世界」へ、重力を操ることで聴衆を宙に連れて行く。前半の2曲を終えると、何だか遠い世界に旅して帰ってきたような気分になった。拍手が鳴り止まなかった。スタンディングで拍手をしている人もいた。前半だけでリサイタルが終わったかのような雰囲気。
後半のソナタ32番。今度はイスに座ると同時、その体の重みで第一音をガツンと響かせて演奏を開始。意表をつくこの始まり方にびっくり。
実は2009年にこのホールで、ツィメルマンの演奏により同じ32番のソナタを聴いている。その時の感想をこんな風に書いている。
ベートーヴェンのピアノソナタ 第32番。パルティータとガラリと音色が変わり、第一楽章の第一主題は、ズドーンとホールのド真ん中に大きな杭を打ち込むような力強さ。ここから始まるドラマを支える柱を打ち立てたって感じ。北斗神拳の「闘気」に通じる力強さとでも言おうか(笑)。幾分早めのテンポで、筋肉質の第一楽章だった。第二楽章はうってかわって透明な音色。アンビエントなリズムに乗って音が宙を舞っていた。天上の世界をホール中央に作り出したみたい。“彼岸”へ連れていかれた。これ、催眠術に近いかも。こんな経験初めてだ。
ツィメルマンの32番は透明感ある「天上の世界」だったが、リフシッツの演奏は少し暗いトーン、プリミティブな太古の聖域を思わせる32番だった。甲乙つけがたいが、32番に関するかぎり、私はツィメルマンの天上世界に軍配を上げそう。
コンスタンチン・リフシッツ、1976年生まれの37歳。今後もウォッチしていきたい注目のピアニストだ。
下は、リフシッツ演奏のベートーヴェンの「ハンマークラヴィアソナタ」。この紋付のような衣装、変わっているなぁ。
追伸その1:
そういえば、一番いいところでケータイの着メロを鳴らしやがったおばちゃんがいた(怒)。あれほど開演前にケータイの電源切るようにアナウンスしているのに‥‥。あと、前の方でおいしそうに水筒でお茶飲んでいるおばちゃんもいた。あれほど、ホール内で飲食しないよう、アナウンスがあったのに‥‥。マナーを守って、いい演奏会にしましょうよ。
追伸その2:
一曲の最後の音を弾いた後、鍵盤の上で手のひらを止めているのが印象的だった。これが最後の音がホールに消え入るまで、演奏が終わっていないことを示すジェスチャーになり、我先に拍手をする気の早い聴衆がいなくなる。いいアイデアだ。最後の響きの余韻を楽しみたいのに、いきなり拍手を始める人には興ざめだったから。
J.S. バッハ:音楽の捧げもの、前奏曲とフーガ《聖アン》(リフシッツ編)、フレスコバルディ/トッカータ集 [輸入盤・日本語解説書付]
演奏/コンスタンチン・リフシッツ
販売元/ORFEO